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エフェス都市遺跡


トルコの地図
場所: エーゲ海地方
  ベルガマと並び「エーゲ海の2つのバラ」と賞される古代都市遺跡。世界最大級といわれる。
  紀元前11世紀に、ギリシャからやってきたイオニア人がアルテミス神殿を中心に都市国家を建設した。最盛期は紀元前130年頃で、ローマ帝国の支配下に入ってから、肥沃な土地と交易から大いに発展した。
   

エフェスの遺跡には2つの劇場があるが、写真は規模の小さいほう。オデオン(音楽堂)といわれている。当時は屋根があったとか。
山の斜面を利用して階段状に席を設けている典型的なローマ式劇場。
こじんまりとしているが、スピーカーなどがなかった当時ではこの程度の規模のほうが演劇にしても演奏にしても利用しやすいのではないか。
もう1つの大規模劇場は、そうとう大声をださないと上のほうでは聞こえずらい。

エフェスの南側の入り口の近くにある。

   

オデオン(小劇場)

ちょうどよい規模の親しみやすいオデオン。前の舞台では必ず合唱する集団がいる。いろいろな国の歌が聞こえるのはほほえましい。
大理石の通りの向こうは国営アゴラといわれる広場があった。国の重要な行事が行われたという。

   

市議会堂の跡

けしの花に埋もれた大理石の遺跡は、詩情をさそう。
永遠を信じて最大限の努力で建設されながら、歴史の波に洗われて崩壊していく様は、すべての文明が滅びの種を宿していることを物語るのだろうか。

野分けして いずこ古代夢 けしの花

2000年前 栄華もみたか けしの花 

 

   

天使のレリーフ

素朴な感じの天使の像。
こんなレリーフが街のいたるところにあったのだろうか。

2000年前の天使のレリーフのおっぱいにさわってみた。 周りの観光客の眼がなければもっとさわれていたのに。

それにしても、日本でこのような遺跡があるときっとさわらせてももらえないだろう。トルコで実物体験教育のすばらしさを実感した。世界遺産に指定されると規制が厳しくなりそう。

   

セルススの図書館が見えるメインストリート

大理石の石畳の両脇に古代の遺跡群が眠っている。こんなに美しい古代の都市遺跡が残されているのは奇跡に近い。世界最大級、エーゲ海のバラというのもうなづける。通りを歩いている観光客の誰もが、2000年前の都市を散歩している自分が半分信じられない気分になっていることだろう。エフェスの街も誇らしげ。

石畳には荷車のわだちの跡が残っていた。上の市場に出す荷物を運んだのだろう。

   

ストリートの歩道にはモザイクが

歩道のモザイクには感嘆あるのみ。工芸品のような歩道が2000年前に敷かれていたとは。現代の歩道のデザインタイルの元祖がここにあった。いかに古代都市エフェスが繁栄していたかを物語っているが、それにしてもすばらしい。人間の都市づくり感性は今と2000年前も変わらないということか。
さすがにこの歩道は柵で入れないように保護されていた。
観光客の多くはここで足を止めて見入っていたが、人間という生物の不思議な生態に時代を歴史を超えた共感の念を感じていたのではないか。それにしても歩道をみて、人間は同じという小さな感動を覚えるというのは、やはり古代遺跡の魅力か。

 

   

ストリートを下るとセルスス図書館

通りを歩いていくとやがてセルスス図書館の前に出る。エフェスの感動のクライマックス。
よくぞ2000年前の遺跡がここまで残ったものだ。そそり立つ門は、まさに感動的。
当時はエジプトのアレキサンドリアとベルガモンに続く世界第3の図書館だったという。

   

図書館の柱は大理石で、正面の壁には知恵・運命・学問・美徳を象徴する4体の女性像がおかれている。

この建物が図書館のどういう部分なのか不明だか、とにかくすごいということだけはわかる。
エフェスのシンボル的な建物だが、建物の一部がウィーンのエフェソス美術館に移築されている。
図書館を総大理石張りでつくるというのは、古代人とはいえやはり賞賛せざるを得ない。人間の生き方の大切な部分を、知恵や学問や美徳に置いていたのだろう。2000年前の人間が到達した文明や文化は、その後どうなってしまったのだろう。また違ったかたちでゼロからスタートしなければならないのは人間の宿命か。

   

公衆トイレ

ここに腰を掛けて用を足していたという。コンクリートで修復されているが大理石の便座が当時のまま残っている。(写真右側)
下の下水道には常時きれいな水が流され市民は何時間も便座に座って話し込んだりしていたという。
このような公衆トイレの文化は、現代には受け継がれなかったようだ。

観光客の多くはこの便座に腰を掛けて記念写真をとっている。

   

エフェソスの女神アルテミス

なんとも奇怪な格好をしている。乳房(牛の睾丸という説もある)がたくさん胸にぶら下がり、顔は男勝りの力強さ。かっての女神はこんなにも力強かったのだ。
胸の乳房は豊穣の象徴ということだが、表現がストレートで原始宗教的な臭い。
キリスト教以前、ローマ時代以前の女神は精神的であるよりも漁労農作業の現場労働に直接に関係し、その豊漁・豊作を司る神で人びとには根強い信仰があったようだ。特にエフェソスのアルテミス神殿は最も規模が大きく、信仰の深さと大きさがわかる。アルテミス神殿は、現在は何故か大理石の柱が1本たっているだけ。

展示されているアルテミスはコピー。

   

こっちのほうにお店があるよ=足形

歩道に彫られた足形。足の左先にはハートマークがあり、どうも娼婦の館への案内版だったという。

   

大規模な劇場

エフェソスの港につくと、この劇場が眼の前に見えたという。3万人が収容でき、現在も時々使用されている。ロックバンドに貸したら遺跡に落書きされとかで、以降貸し出しが中止されている。

この劇場の前にはメインストリートが港まで続き、そこをクレオパトラとアントニオが手を取って歩いたという。
発掘された遺跡は全体の3割程度で、発掘は現在も進められている。

   

山の中腹の光っている場所がエフェソス


エフェソスは、紀元前3世紀から紀元5世紀の都市だが、紀元前16世紀〜11世紀にギリシャからの移住者によって作られたという。エーゲ海交易により繁栄した。
紀元後は海岸線が遠のき、港としての機能が失われるのにともなってエフェソスも衰退したという。
手前の水平の白い道は軽飛行機の飛行場。
撮影した場所はかっては海の中ということになる。

   

マリア晩年の住居

エフェソスの右手の山にこの住居がある。
聖母マリアがキリストの死後、この山に住んでいたという。ローマ法王も参詣したというから、かなり本当のことらしい。
山の中腹のいくらか平らな場所に立っていて、木々の緑に囲まれたレンガと石の住まい環境にマッチして、まことにふさわしい。マリア様が住んでいたといわれると納得してしまう。

   
 
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